【振り返り】自身の創作活動を振り返る(2000年/24才)「朗読劇に出演」 - ”目黒のジダン”こと佐とうひできのブログ

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【振り返り】自身の創作活動を振り返る(2000年/24才)「朗読劇に出演」

劇団(?)に入って一年が過ぎた。たった舞台は一回のみ。あとはひたすら先生の話を聞くというスタイルの稽古が続いた。何度かなぜ「(技術的な)稽古をしないのか?」と尋ねた。それには、納得しない答えが返ってきたが、思い出せないくらいなんかよくわからない理由だった。確か個性がどうのこうのって感じだった気がする。とにかく技術的な練習を一切行わないことに自分は不安になってきていた。
そんな中、ウチで今度は朗読会をするという。新宿のパンブルムスという今は無き劇場での乗り打ち公演となった。主演は、飯田覚士さんという元プロボクシング選手。80年代TVっ子だった方はピンとくるのではないだろうか?あの「元気が出るテレビ」『ボクシング予備校』でそのまま日本チャンピオンになり一躍有名になった方である。もちろん私は知っていたので驚いた。なんと現役を退き、役者に転向するというのだ。その指導者としてウチの先生の元で学んでいくという。演目は映画「レインマン」。タイトルを「チャーリーとレイ」に変更して行った。今思えば許可とか大丈夫だったのか?とか余計なこと考えてしまう。映画のトム・クルーズ役に飯田さん、ダスティン・ホフマン役に先生となった。私たちは端役であったが出演することになった。しかし私たちは、スタッフ兼出演者としてであった。今思えばよくやったと思うが、音響、照明も私たち劇団員(?)出演者が担った。自分の出番以外は音響ブースにいて出番になったら担当を交代しながらやった。だいぶ綱渡りな危険な公演だった。
そもそもなぜまだ一度しか舞台に立ったことがない私がそこまですることになったかというと前年暮れに行った公演後、主力の先輩がいなくなったからである。そこで必然的に下っ端の自分なんかが上に押し上げられたのである。しかも一年しかやっていないのに、もうすでに後輩が10名ほどいた。その彼ら彼女たちと臨んだ公演が今回であった。
公演自体はやはり「元プロボクサーが役者に!」という触れ込みで多数のマスコミが来ていた。飯田さんもとても熱心な方で一生懸命演技をしていた。稽古重ねながら親交を持つようになったがとてもいい方であのTVで見た印象そのままだった。
公演はというと、さすがはアカデミー賞受賞作品だけあって評判はよかったみたいだ。私自身もなんの役か、どんな成果があったは全く覚えていないが一回目よりは、普通にやれたんじゃないかと思う。薄い記憶だが、、、
初舞台はストレートプレイ。二回目の今回は朗読劇。まだこの頃は自分に真剣に向き合っていなかったのであろう。経験はできたが。経験値はさほど高いものではなかった。自分は「役者がやりたいわけではない」そう思いながら続けていた2000年7月の私であった。
続く。、
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