【振り返り】自身の創作活動を振り返る(2000年/24才)「刺激の伝達」 - ”目黒のジダン”こと佐とうひできのブログ

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【振り返り】自身の創作活動を振り返る(2000年/24才)「刺激の伝達」

その人物は後にウズメ、サルメでの戦友となる色羽紫こと鵜飼彩子、「ウカイさん」である。前出のポカラ博というイベントの司会を探している時メンバーからいい人がいると紹介されたのだ。出会いはとにかく鮮烈だった。池尻大橋の事務所での初対面の時、7~8人くらいでの打ち合わせの際、仲間のルリ子さんと「Lです!Vです!…ルイ・ヴィトンです!」と自己紹介されて圧倒された。そこから満場一致でウカイさんに司会が決まり、その後渋谷でさしで打ち合わせをした際に、完全にこの人とは住んでいる世界が違うんだろうなぁ~と思って話をしていた。とにかく彼女のトークと存在感に圧倒されっぱなしだったからだ。子の当時もちろんそれから一年半後、同じ集団でともに戦っていくとはこの時はコレッぽっちも思っていなかった。そして3か月ほどの準備期間を重ね、目黒にある東京都庭園美術館にて「ポカラ博」が行われた。内容はというとポカラで取材した方を中心としてまた以外にも、その時代の様々な方面で活躍している人が一堂に会し、それぞれブースを構えて話を聞けたり、体験ができたりする催しであった。私もこの企画でその当時読んでいた本で影響を受けていた元清水エスパルスで、高校時代・東海第一高で全国制覇をしたアデミール・サントスさんを直接静岡まで行き、出演をお願いして承諾をもらい出演してもらった。また私の演劇の先生も出演してもらった。結果はたくさんの人出で賑わい大成功であった。私も今となってはイベント業は慣れっこであるが当時あれだけの規模のイベント作りに参加できたのはとてもいい経験になった。そこの最後の作り手側としてワタシはお客さんの前で挨拶することになった。そこで話した「私は刺激を色々な人からもらっています。その刺激がこのイベントを生みました。また本日来場した方々がまた今日のイベントで何かの刺激を受けてくれてまた誰かに刺激が伝わったらこのイベントはとても意味のあるイベントだったといえるのではないでしょうか?」みたいなことを言った。『刺激の伝達』の重要性を当時思っていた記憶がある。それは数年前までサッカー選手を夢観て生活を送っていた自分が様々な人と出会い、いろいろと見聞を広げていった当時の自分をとても物語っているコトバだったと今は思えます。とにかく意識的に「刺激」を求めていた感じがします。そしてそれがとても意味があることだったんだと今なら思えます。正直、イベントなんかやって意味あるんだろうか?オレがやりたいのはサッカーの実況なのに…と懐疑的になったこともありました。しかし飛馬との出会いは確実にある方向へ導いてくれました。そのイベントが終わり、今度は関わっていた劇団が今度は元ボクシング選手の飯田覚士さんという方と朗読会を行うということになった。2000年7月のことである。

続く。
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