【映画】ドライビング・missデイジー(1989年) - ”目黒のジダン”こと佐とうひできのブログ

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【映画】ドライビング・missデイジー(1989年)

■ 評価
★★★★☆


■ 総評 ※ネタバレあり
今までアカデミー賞もとっていたので見たいとは思っていたけど、老人二人のジャケット写真にどうも敬遠していた作品だった。確かに内容は、二人の高齢者の話なのだが、これも先日観たグッドウィルハンティングのようにこの年で観たから理解できた映画だった。しかももっと年を重ねてみればまた違うとも思う、なんとも味わい深い映画だった。
こういった高齢者の話しはラストでどちらかが亡くなり、その後のみたいに描くことが一般的だがそこを敢えてなのか避けていて、とても好感が持てたし、その後の二人がとても気になるためワタシ個人としてはとても好きな終わり方だった。

大好きな役者モーガンフリーマンだが、彼のまなざしはいつも思うのだが、どうしてこうも包容力のある瞳をしているのだろうかと。勝手に和製モーガンフリーマンとい思っているいかりや長介と相通じるところがある。
いかりや長介といっても踊る大捜査線の和久さんなのであるが、彼の存在はその役としてそこに存在するけどその奥にある生きてきた様々な表情が現在の存在の中ににじみ出てくる。なかなかいない俳優さんである。これまでも彼の作品を見てきたが、とくにこの作品では際立って奥行を感じた。
老いてさらに深みを増すというのが一般的だがこれは今から26年前の作品。
もう80才を越えるおじいさんであるが、この当時からもそれを感じさせるということは演技者としての「うで」なのか、本当に様々な経験をそこまでしていたからなのか。実際はわからないとしても、俳優さんという職業は人が感情のある人間を演じるということであるから、その人間のココロを考え、感じていくことが何よりもの栄養分なのであろうと思う。
そんなところから和製モーガンフリーマン、「いかりや長介」の和久さん以外の当たり役も見たかった気がした。


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