【誰も共感してくれないもう一度みたいTV】いつも誰かに恋してるッ(フジテレビ/1990) - ”目黒のジダン”こと佐とうひできのブログ

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【誰も共感してくれないもう一度みたいTV】いつも誰かに恋してるッ(フジテレビ/1990)




【誰も共感してくれないもう一度みたいTV】
1990.1〜1990.3 フジテレビ/木曜20:00〜
「いつも誰かに恋してるッ」
出演:宮沢りえ、真木蔵人、西田ひかる島崎和歌子、大沢健、他


VHSにもDVDにもなっていないもう見ることができない映像のひとつ。
主演の宮沢りえは、同局「スワンの涙」に続き主演2作目。この曲に使われた「NON TITLIST」は作曲ご存知小室哲哉。彼女も列記とした小室ファミリー!?。
このドラマの内容はおいといて…自分が好きになった初めてのアイドルがこの「宮沢りえ」。もうホントに大好きだった。CDデッキを当時もっていないのに初めて買ったCDは1st.シングル「ドリーム・ラッシュ」。
しかしここで「宮沢りえ」を語るには若干のアイドル論を語らくてはならない。
いや!語らしてください!
というのも宮沢りえの登場は90年代に訪れる「アイドル冬の時代」の幕開けでもあったからだ。
彼女は、1985年に登場した「おニャン子クラブ」からアイドルの変遷が「本格派」「正統派」から「素人」へと移り変わっていく過度期にデビューした。彼女を有名にしたのは「三井のリハウス」であり、全国区にしたのは「僕らの七日間戦争」…ということに一般的にはなっている。1988年の話である。その頃当時中学1年。アイドルを公言するにはまだ恥ずかしい頃であった。しかしそんな中でも公言しても恥ずかしくないアイドルが彼女だったのである。それは彼女のキャラクターなのかもしれないが、それまでの南野陽子、酒井法子、浅香唯などの「正統派」の系譜をたどる方々、1987年に解散したおニャン子などの「素人」系の方々は、(まぁこれは感覚的なものだが)あまり性的な感じせずに逆に「宮沢りえが好き!」っていうことが少しオシャレ感を醸し出せる感じも演出できていたからなのかもしれない。(実際当時、同級生が「日曜日、代官山で桐島かれんと歩いていた」という情報をきき「なんてオシャレなんだ」と思った記憶がある)
それは彼女が当時の人気番組「とんねるずの皆様のおかげです」に出演していたことの影響は多分にある。
そんな彼女の主演2作目がこの「いつも誰かに恋してるッ」なのだ。
(最後の「ッ」とつけるところが80年代っぽい)
そして主題歌である2nd.シングル「NON TITLIST」は、歌番組も冬の時代を迎えていたため1stほどの話題は提供できなかった。しかしワタシの中では今でも彼女のテーマソングとなっている。
長くなってしまった…。
そんな「オシャレ感」をも演出してしまえる唯一無二のアイドルが当時、「宮沢りえ」であった。そんな順風満帆な彼女の物語は91年アイドル絶頂の時の発表したヘアヌード写真集「Santa Fe」の出版を経て、92年に貴乃花との結婚破局で一つのピークを迎える。
90年代後半の広末涼子の登場まで続く「アイドル冬の時代」。時代はバブル崩壊と時同じくして歌番組が消え、アイドルも90年代前半のCCガールズに代表されるような「セクシー系」へと移り変わっていった。
そんな時代背景にあって彼女は80年代最後の大型ソロアイドルであった。
最後にその象徴的な出来事を紹介して結びたいと思う。
1989年9月28日(木)12年続いたTBS「ザ・ベストテン」の最後のレギュラー放送。
初登場第七位にランクインした。
歴史あるベストテンで最後にランキングした歌手が「宮沢りえ」であった。
そして栄えある初登場のも関わらず、彼女はスタジオには現れなかった。
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