【映画】日本でいちばん長い日(1967年/岡本喜八監督) - ”目黒のジダン”こと佐とうひできのブログ

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【映画】日本でいちばん長い日(1967年/岡本喜八監督)

■ 評価
☆☆☆☆☆ ※評価できず…。

■ 総評
2014.08.09.Sat の朝日新聞の別紙「be」にて紹介されていた映画。
この映画の存在をこの歳まで知らずに生きてきた。こんなすごい映画を知らずに生きてきたことが不思議でしょうがない。
しかしこのタイミングで出会えてとてもよかったと思っている。

筋書きは新聞上で掲載されていた。以下の通りである。

「第2次大戦末期の1945年7月26日、連合軍が日本に降伏を求める“ポツダム宣言”が海外放送で傍受された。これを受けるかどうかで日本政府は紛糾する。8月14日正午過ぎ、宮城(皇居)の地下会議室で開かれた御前会議で天皇は総理大臣らに終戦の決意を語った。ここから15日正午の玉音放送に至るまでの激動の24時間を膨大な証言から再現した半藤一利著『日本のいちばん長い日』を原作に、ドキュメンタリー風に描いた。」


ワタシは、正直、第2次大戦に関しての心情はとても穏やかである。
それは実体験を経たものではなく、読み聞いたハナシであり、ワタシの中でリアリティがもてずにいる。
逆に「2011.3.11」は、とても個人的に思うことはあり、自分のコトバとして発することができる。

ワタシが好きな作家陣…
山崎豊子、宮崎駿、岡本太郎、吉本隆明、養老猛司、筑紫哲也などなど…。
彼ら、彼女らはしばしば戦争についてのハナシがでてくるが、その中でよく言われるのが「終戦」を境に国の考え方が真逆になり、その流れが子どもココロにどうにも納得がいかなかったということである。

吉本隆明もその敗戦を機に「自分なりに時代をつかんでおくことの大切さを実感した」とある。
筑紫哲也は、しばしば「世代責任」というコトバを使った。

その時代の価値観。
映画を見ているといたるところにワタシのアタマで「?」が浮かんだ。

「なぜみんな戦争を続けたがるの!?」
「なぜそんなにみんな一斉に動けるの?」
「なぜ自分で腹を切れるの?」

まだまだいっぱいあった。
1人ツッコミすることしばしばであった。
しかしそれほど異様な状態だったのだと思った。
あれをみて語るにはやはりあの局所的な一面だけをみてもらわからないのだとも思った。
なぜ司馬遼太郎が「坂の上の雲」を書いたのかも少しだけわかった気がした。

そして1945年7月26日から終戦を決断する8月14日までの間の出来事がとてもめまぐるしく、もし原爆が投下されなかった日本はこの決断をできていたのだろうか?という疑問も自分の中に浮かび上がってきた。
その時の国民はみんながみんな、同じ気持ちでいたとは思えない。
いろいろな気持ちはあるが、そういう全体的な雰囲気で合わせていたという人も多数いたと思う。
しかしそういう雰囲気だったのだ。
そういう雰囲気を作ってしまったのだ。
それは誰のせいでもなく、みんなで作り上げてしまったのだ。

今回の2014年ブラジルW杯の日本代表の「史上最強」という触れ込みをうけ、もしかしたらベスト8くらいはいけるんじゃない?といった雰囲気が出来上がっていたのと少し似ていると思った。

ここで打ち込んでいて気づいたことがる。
“日本に降伏”と打ち込もうと「こうふく」とローマ字変換したら間違えて
「幸福」となったしまった。

ちょっと臭くまとめれば…
当時の天皇陛下の連合軍への「降伏」は、『幸福』への決断だったのではないかと。

Facebook上でアドバイスを頂いた通り数年たってからまた見直してみたい映画であると思った。

ちなみに映画としてもとてもいい映画でありました。

以上。



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