【文章/短編】 明日、春がきたら - ”目黒のジダン”こと佐とうひできのブログ

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【文章/短編】 明日、春がきたら




■ 明日、春が来たら


その日は、とても風が強い日だった。

つい数週間前の東京を麻痺させた大雪がウソのような暖かさに、車の窓を全開にしていた。
しかし全開にしているのは運転席の方だけである。
助手席の窓は、開けると一瞬にして風の通り道となり、紙くずやかみかけのティッシュペーパー、ガソリンのレシート、飲みかけの紙コップなどを巻き上げてしまうため閉めていた。
これは意識してそうしているわけではなく気づいたらそうなっていた、そのくらい自分にとっては自然な行為だった。

この日は、朝からの暖かい風の影響からかとてもいつもと同じようで、いつもと違っていた。
朝、6:00に会社を出発したワタシの車は一路、都心へと向かう。
世はまだ明けていない。
しかしその日、いつも通りエンジンをかけ、ラジオをつけ、運転をしているとフッと日が昇るのが早くなったのを感じた。
毎日同じ時間に同じ行動をしているとあまり日常の変化には気づかないものであるが、その日はなぜかそう思った。

ワタシの仕事は朝から始まり、午前中で終わる。
その日もほぼ定刻通り、荷物を目的の場所に下ろし、確実に一つ一つをこなしていった。
一通り配達を終え、ワタシはいつもと同じように来た道とは違う道を通って会社に戻っていこうとしていた。
そして、それがワタシの変わらぬ日常であった。

配送業の道の選択は、ドライバーに委ねられている。
どの道を通っても結局、時間通りに帰ればいいのである。
だからワタシは、その日の気分によって走る道を変えていた。

その日は、窓を開けても寒くない日だったためか、はたまたいつも聞いているFMラジオのDJが饒舌だったためか
ワタシは、オシャレ感度の高い街々を通り過ぎることを選択した。

ワタシが通り過ぎる時間に見えるその景色は、その街本来の姿からすれば目覚めていないといった方がいいくらい静かだったが、それでもなぜかそこを通ると気分が少しだけ楽しくなる。

そんな気分にしてくれるのはワタシが昔、音楽をかじっていたからだ。
振り返ればいい思い出だが、その当時のワタシは必死に自分を知ってもらおうと表現しまくっていた。
“しまくっていた”という表現が大げさではないくらい、それに夢中だった。とにかく売れたかったのだ。大好きな音楽で、ロックでメシが食べたったのだ。
しかしこんな話はどこにでもあるようにワタシもその例にもれず、ライブに明け暮れ、遊び、セッションをし、恋をし、SEXをし、避妊をせず案の定子どもができ、別に引退してわけではないが、いつの間に
”引退”していた。望んでいたロックな人生なのだがロックになり切れないのがワタシの限界だった。
始まりは、いつも意気込むくせに終わりが尻つぼみになるのは昔からの悪い癖だ。

数年前まで音楽活動をしていたその街を通り過ぎ、昔を思い出し、少し笑った。

小学校、中学校、高校、大学、音楽活動。
どれも違う思い出のあるこの街に身を置くと、それぞれ違った思い出がその時その時でよみがえる。
その日は、あの恥ずかしくも激しく”生きた”あの時代だった。

そんな街を過ぎ、一カ月後にはサクラで満開になるであろう坂を登り、細かい道をハンドルとクラッチで小刻みに操作し、絶えず人のいない交番のある五差路についた。

いつもであればまっすぐ行くことを選択する。
しかしその日は、ハンドルを右に回した。


ギアは2速がちょうどよい。
そのくらい細かい道が続く、そんな街だ。

窓は変わらず全開、ラジオもこのあたりを通るときはFMをつけている。
そしてお気に入りのDJがその日の気候を感じとってか、「春」を感じさせる音楽をチョイスしてくれた。
ラジオから流れてきたのは松たか子だった。
確か大学生の時によく耳にしていた曲だった。
たぶんデビュー曲だったとうろ覚えながら記憶していた。
これといって思い出もないが、あの頃のただ単純に楽しかった思い出は自然と蘇る。
数年前までどこかの局アナだったDJの快活な声で紹介したその曲は「明日、春がきたら」という名前だった。

2tトラックは2速発進が常である。その曲を耳にしながら一時停止した車をゆっくりと発進した。
そこからはゆるいなだらかな下り坂である。
曲は短い前奏からAメロに入る。

「♪ 走る君をみてた 白いボールきらきら・・・」

その日は、歌詞がやたらに耳に入ってくる。
”こんな歌詞だったのかぁ…”と思い目は前方を、耳は歌詞という絶妙なバランスのままアクセルを踏んでいた。
その下り坂の途中、信号が赤になった。

「♪ そして名前呼び続けてはしゃぎあったあの日…」

止まった信号の右手に見える家は昔、ハワイからきたお相撲さんが住んでいたと聞いたことがある。とても自分が一生頑張っても住めそうもない家であった。今は別の人が住んでいるらしい。
この周辺は、今は亡き昭和を代表する大歌手が家があったり、トレンディドラマとやらが流行った頃にやたらとでてきた公園があったりと、とにかく普通ではない街だと知っているのも、ここが”半”地元といっていいほど住んでいた町から近いからである。

信号が変わった。
坂道だったせいか、3速発進でさらに坂を下った。

曲はサビに入っていた。

「♪明日、春がきたら君に会いに行こう…」

”そうそう!こんな曲だった”聴きながらサビの歌詞を思い出した。
道は平坦になった。そこから少し行くと川を渡る。
その川は、サクラのシーズンになるとここ数年花見客が大挙して押し寄せるようになった絶好の花見スポットである。
しかも昨年、テレビドラマでその町が舞台となり、さらに人が増えたらしい。
数年前には合コン開催地の都内1位に輝いていたのをある雑誌読んだ記憶がある。
ワタシが知っている昔とのギャップを感慨深く思って、今は裸のサクラが林立する川の橋を渡った。
曲は、いつの間にか一番の間奏に入っていた。

大通りの交差点に差し掛かった。
今は地下に高速道路を通すためおおがかりな工事がおこなれているらしい。

前方の信号は青である。
しかしワタシの前には右折しようとしている車が止まって様子を伺っている。
仕方なくその車が右折するのを待ち、ギアをニュートラルにした。
陽の位置が高くなったためか、かぶっていたニット帽がさすがに暑くなってきたのでそれを助手席に置こうとしたその時、助手席の向こうに女性が目に入ってきた。
右折車を待っているワタシの車が横断歩道で立ち往生している間に歩行者の信号が赤になり、渡れなかったのであろう。

その時は、それまで幾度となく視界を通り過ぎた横断歩道で待つ人々の1人だった。
しかしその彼女から目を離そうとした刹那、その日の暖かい風が彼女の長い髪を左から右へと舞い上げた。
勢いのよい春の風はとても柔らかくその髪をさらった。
目を離そうとした矢先のできごとにも関わらず、ワタシはとても鮮明にその場面をとらえた。

これから仕事にいくのであろうその出で立ち。
ワタシの肩くらいの背丈。
その日の気候を計算してか少し薄手の黒いコート。
モノトーンでそろえた全身にアクセントを加えるビビットな青のカーディガン。
首元のだらしなそうに見えて、そうは見えないスカーフ。
右腕に鞄をかけ、どこか物憂げな表情の佇まい。

ワタシの中でその瞬間がとてもゆったりとした時間に感じられた。
一つ一つコマ送りにしているかのような、なにか化粧品のCMのようなとても作られた画のような気もするが、受け取る感覚はとてもナチュラルだった。
舞い上がった髪が、一本一本高く舞い上がり、そして丁寧にゆっくりと落ちていく。

彼女は自分が他人に見られているとは思っていないためとても無防備だ。
しかし無防備であるが故に、とても魅力的だった。
容姿は一般的には悪くはない部類ではあるが、すこぶる良いわけではなかった。
しかしそこに風を吹かせるという演出が入るとこうも魅力的になるのかと感じざるを得ないほど出来上がった画だった。
それは完成された一つの「シーン」だった。
ワタシは彼女に一瞬だけ”恋”をしたのだろうか?
それとも”恋”をしたのはその「場面」に対してなのだろうか?
答えはすぐにはでない。
しかし確実にワタシは彼女のことが忘れらなくなっていた。

そこへクラクションが鳴った。
もうすでに前方には右折車はいない。
時差式の信号も変わろうとしていた。
ワタシはあわてて2速に入れ、前進した。
その場面を惜しむ間もなく慌ててアクセルを踏んだ。


結局、その彼女と目が合うことはなかった。

ココロをどこかにおいてきてしまったかのような状態でもカラダは勝手に車を操作していた。
しばらくしてまた信号で止まった。


聞こえていた曲がまた耳に飛び込んできた。
まだ決して上手とはいえない移ろい易い音程だった当時のあどけない松たか子の声がこう歌う。

「♪明日、春がきたら君に逢いに行こう…」

その曲に何か意味をもたせたかったが、何の意味もみい出せなかった。
こんな時にうまく意味をつけられたらもっとあの瞬間が際立ったのに…。
”やっぱりオレは、売れないミュージシャンだったんだなぁ…”
そう思い、はにかんだ。


ラジオから流れている曲は曲名を繰り返しながら、静かに消えていった。


   了


            佐とうひでき
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