【日記・mixi】自分サイズ…の巻 - ”目黒のジダン”こと佐とうひできのブログ

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【日記・mixi】自分サイズ…の巻

だいぶ前の話であるが
中学校の91年度卒業の同窓会があった。

15年ぶりの再会となった・・・。

当初行くのを躊躇った。

同窓会たるものは
近況報告、この数年間の動向、昔を懐かしむ
が話題の中心となる。

それにそれなりの意味はあるのだろうが
自分はそれにどうしても意味を見出せなく、
なによりノスタルジーに浸ったところで
その先何があるのだろうと思っている。
そして、現状の自分が未だ大したことをやっていない
(これはただの自意識の象徴的なものなのかもしれないが…)
ことに若干再会するのをためらい、
発起人に名は連ねてはいるものの
正直いくのを考えた。

しかし重い腰を上げ参加した。

会場の最寄り駅からの数百メートルでも
知っている顔やたぶんそれだろうらしき人たちは
見かけたがあえて声はかけなかった。


そして、いざ会場へ・・・・。

中1時の担任を見かけ
挨拶と共に近況報告をし、
そして続々と集まる旧友たちとも
同様に言葉を交わした。

定刻、会が始まった。

当時の先生方からの挨拶が終わり
歓談の時間に突入。
しかし、そこからがあっという間だった。

自分はまるで15年前に戻ったかのようだった。



当時の人間関係そのままだったのだ。



男女含めやはり当時仲のよかった人々が
集まり輪をそれぞれで作っていた。

そして2時間の会はやはりあっという間に過ぎ去り
その後の2次会も怒涛のように過ぎ、18時から始まった
同窓会はそのまま年甲斐もなくオールといった運びになり
幕を閉じたのであった・・・・。

・・・言ってよかった。

正直な感想である。

当初危惧していたことは何一つなく
しかもそれがなんておろかなことを
考えていたのかと自分を省みた。
旧友たちとの時間は
不思議とホントそのまま15年前に戻ったかのようだった・・・。

楽しかったし、懐かしかったし、何より自然だった。

自然というのがホントに心地よいものだった。

ムリに作った人間関係ではない。
自然と生まれた人間関係。

まず生まれ育った地域の仲間。
まず最初の人生でのコミュニティー。
そこで人間関係を学んだ。
学ぼうとして学んだわけではない。
自然と身に付けていた。

いじめもあったし、ケンカもあったし、悪さもした。
いろいろな思い出がある。

何年も連絡していなくても
再会すれば元の人間関係に戻れる。

少々臭い言葉ではあるが
素晴しい仲間だったんだな、
いい思い出を作っていたんだなぁと
実感し、再確認した。

それと同時に悲しいかな、これは小学校での教師時代にも痛感していたのだが…

人間関係、人格形成はすでにこのときで
ほぼ出来上がっているのだなとも思った。

人間関係の構図は何一つ変わっていなかったのだ。

それは覆らないことだ。
当時のままの人間関係の構図、そして性格。

それから15年がたち、それぞれ皆自分たちなりに
成長したであろうにもかかわらず、
あまりの当時のままの人間関係の驚いた。

自身も15年を経て
時に自分も変わりたいと思ったし、
成長したいとも思った。

成長はしたのかどうかは、
まぁそれなりには節度をもった行動をできるようにはなったが
自分を変えるというのはできていないだろう。

そもそも劇的に自分がかわることはないんだなと思った。

現在、世に自己啓発系の本が乱立している。
(PHP文庫、中谷彰宏筆頭に!)

「これを読めば自分が変わる!」
「~~~術!」
「自分らしく生きる!」的な本

等々・・・。

しかし、変わるかもしれないが
それはその本の著者の方法論であって
一般論ではない。
(そもそも一般論なんてない!)
その本を真似たってそれは模倣でしたかない。
その時点で自分らしくないのだ。

自分らしさ、自分らしく生きたいのであれば
自分で探せ!自分で見つけろ!というのが本音だ。

ある意味当時から何も変わらないというのは
絶望的なことなのかもしれない

しかし、それこそ見つめなくてはならない現実なのであろう。
自分には自分のサイズというのがある。
それは松尾スズキがよく口にする言葉だが
それを年を重ねる毎に実感する日々である。

自分のサイズ・・・・。

果して自分は!?

この答えを出すのは確かに難しい。
しかし逃げずにその自分のサイズをみつけること、
それが案外近道なのかもしれないと思うようになった。

そんなことを思った同窓会であったが
本当に誰もがやろうと思ってもやらなかったことを
実現させたU氏には心から感謝している。

ありがとう・・・。

発起人として名を連ねたものの何もできず、なおかつ乗り気ではなかった私…この場を借りてお詫びしたい。15年ぶりだった今回、さらに15年ぶりとなると…45歳。
その時は積極的に協力させて頂きます。

…といっても45歳。
私はいったい何をしているのだろう…。

なにより生きているのか!?

それが問題だ・・・・・・。

           佐とう ひでき

追記:中盤の文章はある人に捧げたい。
人間関係はムリに作るものでなく、自然と生まれるもの。それを捨て、ある目的のためだけにムリに別のコミュニティーを形成した彼。その目的が消滅した時その仲間はもろくも崩壊するであろう。今、彼は社長らしい。よくは知らないががんばっているようだ。金で買えないものと買えるもの。彼は確実に前者を捨てていった・・・・。それもまた人生か…。しかし、残念である。ある友人から頂いたビデオみて思った。
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