【日記・mixi】決意表明・・・の巻(正直長いです!) - ”目黒のジダン”こと佐とうひできのブログ

”目黒のジダン”こと佐とうひできのブログ ホーム » スポンサー広告 » 日記 » 【日記・mixi】決意表明・・・の巻(正直長いです!)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

【日記・mixi】決意表明・・・の巻(正直長いです!)

一昨日に引き続き
この項に記す。

今回はこの場をかりて
ある決意表明をしたいと思う。

…私は、つい数ヶ月前まで
自身が立ち上げたパフォーマンス集団
「ゲリライブ」
http://home.a03.itscom.net/dono/geri_don't/
のHPで
「主宰の独り言」
たる題で今で言うブログのような
日記をつけていた。

2004年4月から始まり
今年の2月までその日の出来事
心情、公演告知をそこにつづった。

自身それは別に誰に発するわけでもなく
ただただHPの更新のためだけに
ノウノウと書き綴ったのである。

目的は?

・・・?

明確にはない。
…が、ないこともない。

前出の絶えず更新させHPを活性化、
公演告知を行う際の一媒体になればと
中途半端な気持ちで行なっていた
のがひとつの理由でもある。

しかしやはりその弊害は
HP開設からやく2年が経とうとした
2月に起こった・・・。

私の本文を読んだある知り合いが
私に抗議メールを送ってきた。

それには相当へこんだ。

何がへこんだかというと
相手の思ってるような内容を
私は書いていないかったからである。

相手には私の書き綴った内容を
私の本意とは違った形で
受け取られてしまったようだ。

それ以降連絡が滞ってしまい
二人の関係もギクシャクするようになってしまった。

それ以来一度ネット上での
文章表現を行なうのを避けてきた。

中途半端の弊害と書いたが
まさしくそれの結果だと
素直に受け止めた。

そもそも何の目的で、
誰に向かって、
どういう方法で、
何を書くか…

メディアというものを
利用するのであれば
本来であればそれを含みこんだ上で
利用するのが常識だろうと思う。

そういった前提を
意識しなかった故の結果であったのだ。

現状でもブログであったり
このミクシィ内でも
日記を公開している方々が
多数存在する。

それらを否定する気などないし
それぞれがどういうスタンスで
臨もうがそれは自由なのであり
そもそも目的がそれぞれ違うので
一まとめにするなど
到底できない話である。

それはあくまで
自分の生き方であり、
人生観であり、
今までさまざまなことをそうしてきたの
にこのネット上だけしないという
自分を恥じただけのことである。

ある方から
ネット表現は
「世界デビュー」
といわれた。

その通りである。
言語の違いが有るから
限られはするものの
それがクリアされ
すべて翻訳されればその通りである。

どこで誰がみているかわからないのである。
バカな私はそこが完全に抜けていたのである。

そしてそんな私が今何故また
ここに文章を書き綴っているかというと…
これもある方に言われた一言…

「コミュニケーションにリスクはつきもの」
という言葉である。

・・・まぁ、その通りなのである。

ネットでの匿名性の中で自分を表現し続けても
その裏にある責任がともなっていないから
そこの力は半減する。
いや、半減どころではないだろう。
ネット世界の匿名性がまたこのメディアの特徴だと
言うのも理解している。
それはリアル社会においてすでに
ある位置を確保している人ならその
匿名性は有意義なものになるが
リアル社会でのコミュニケーションがままならない
人々にとってのネット社会における
匿名性はネガティブなそれとしか
私にはうつらない。

私は真のコミュニケーションは
リアル社会にしか存在しないと思っている。

そもそも「コミュニケーション」とは
対面が基本である。

恋愛でもそうだが
核心をつかず
その周囲ばかりで
上辺だけの関係を続けていても
そこから生まれるものは
空虚なものにしかならないだろう。

もちろんそんなことはないというのもわかる。
そのマッタリとした、
芯をつかずに、
浮遊した情緒を
漂わせながら
会話をする女性たちの
それは嫌いではない。
むしろ大好きだ。

しかしそれもいいのだが
時にはぶつかるこれが何事において
一番大切なことなのではないだろうか?

自由と責任。

これを意識しない言葉、行動、表現は
パワーを持ち得ない。

子どもが騒ぎ立ててるのと同じである。
確かにそれも1つの声であることは
かわりない。
しかしぶつかることを恐れていては
積極的なコミュニケーションは行なえない。
逃げのコミュニケーションは何も生まない。
うまれるのは馴れ合いだけだ。

馴れ合いから生まれるものは
馴れ合いなりの結果だ。

それは日常にかかせない
その依存状態から
ひとつの現代病かもしれないと思わせる
「携帯メール」も
それなのではないだろうかと
考えさせられる。

以上の前提にたてば
前出にネット上での文章表現を
避けてきたと記したが
避ける必要などない気がしたのである。

さけずに逆に自身の考えるメディア表現を
前提とすればそれは可能性を広げることにも
なると思ったのである。

現在、「総表現社会」
に変化してきているという。
誰でもネット上で低コストで手軽に
表現できる術をもっている。

特に活字においてはめざましいものがある。
リアル社会にしか存在しないといった
コミュニケーション。
しかし視点を変えればやはりネット上の
それも立派なそれなのではないだろうか
という気もしてきているのである。

その試験的なもの試みでもある。

私はこのミクシィ内の
ブログで今後積極的に
この
「コミュニケーション」
と付き合っていきたいと思う。

やはりそれにはこれを読んでくれている
方々の助けが必要である。

コミュニケーションは
2人以上で成立するもの。

独りでは成し遂げられない。

ぜひとも
この項では
思ったこと、
感じたこと、
を積極的に公開していきたいと思う。

もちろん実名を記することは忘れない。

私にはこの場以外に
舞台で自分を表現できる場を
偶然にも頂いている。

それにここでのみなさんとの
やりとりは確実に
反映させて頂きたいので
ぜひともその一部分をみなさまにも
担って頂きたい。

私のここ数年のテーマ
「今のコミュニケーションとは?」

この前提の元、
今後数年作品を作っていこうと思っています。

今後ともお付き合いの程
    何卒よろしくお願い致します。

                  佐とう ひでき
スポンサーサイト
コメント
非公開コメント

ブログ

トラックバック

http://omiaipub.blog69.fc2.com/tb.php/144-18eae929

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。